お地蔵さんの日 平成29~30年度



お地蔵さんの日 平成30年1月24日(水)
 当施設の塚田一晃(つかだいっこう)理事長(昌福寺副住職)を導師として、第1回目の「お地蔵さんの日」を実施しました。

 開経偈(かいきょうげ)・般若心経(はんにゃしんぎょう)・舎利礼文(しゃりらいもん)・普回向(ふえこう)を利用者と職員で唱えました。法要後、導師による法話、茶話会を行いました。

▼法要




お地蔵さんの日 平成30年2月24日(土)
 本願寺副住職 長澤竜也(ながさわりゅうや)宗師をお迎えしました。
【法話の内容】
・集う仲間がいる、仏様がいる、そしてお経がある。この3つの仲間がいる場所は、どんな場所より尊い場所である。
・お経は助け合って読むものです。息継ぎで声が出なくても、仲間が読んでくれています。そしてお経がつながります。これは、仲   の良いお経でです。覚えている人も、覚えていない人も、お経を読むことが大切です。
・お経には読む功徳、伝える功徳があります。
・合掌の時、仏様に向かって手を合わせる。これは、「あなたのことが大切です。」という気持ちです。そうすると、仏様も「あな   たもね。」と言ってくれます。お互いに大切であるということです。

▼長澤竜也宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年3月24日(土)
 小山市間々田 龍昌寺副住職東條信裕(とうじょうしんゆう) 宗師をお迎えし、利用者・職員・地域住民の方々の参加で行いました。

 4月8日は、花まつりです。仏教の開祖であるお釈迦様のお誕生日をお祝いする行事です。別名「降誕会」(ごうたんえ)とも言います。12月8日は、お釈迦様がお悟りを開かれたことをお祝いする日で、「成道会」(じょうとえ)と言い、12月15日は、お釈迦様が入滅(亡くなられた日)された日「涅槃会」(ねはんえ)の法要が営まれます。
 インドの北の小さな国の王子として生まれたお釈迦様は、「人は、誰もが、かけがえのない命を生きている。」と教えています。年をとること、病気になること、悩み、考え、生きることの意味、大切さ、死ぬことを、人生を通して修行しました。そして現在も生きるという意味で同じ問題に取り組んでいます。

▼ 東條信裕宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年4月24日(火)
 足利市 瑞泉院(ずいせんいん)副住職 新田正法(にったしょうほう)宗師をお迎えしました。

 今日はお釈迦様の教えの根本でもある、「縁起」についてお話されました。
「縁起」とは簡単に説明いたしますと、全ての事、物というのは繋がりを持たずには存在しない。私たちはみな繋がりを持って生きている、生かされている。という内容が「縁起」という言葉です。
 この縁起こそが、お釈迦様のお悟りという事になるのです。悟りというと難しく聞こえて理解し難いと思うかもしれませんが、お釈迦様が悟られた内容というのは、世の中は全て「縁起」である真理・真実であります。
世の中を生きるということは縁起の中で生きるということであり、全てを良き縁として自分の中で受け止めていく、覚悟する腹の決め方が大切です。

▼ 新田正法宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年4月24日(木)
 新潟県柏崎市 虚空蔵寺(こくうぞうじ)住職 竹田勝英(たけだしょうえい)宗師をお迎えしました。

「日常の五心」についてお話されました。
 ・「はい」という素直な心
 ・「すみません」という反省の心
 ・「おかげさま」という謙虚な心
 ・「私がします」という奉仕の心
 ・「ありがとう」という感謝の心

 皆さん、この五心を忘れず生活をしてください。組織や家族、生活の中で自分の意見ばかりを言っていたら、ばらばらになります。自分の中で、五心の心を忘れずに日常生活をすることで、施設の中で明るく、楽しく、仲良く生活を送って頂きたいと思います。

▼ 竹田勝英宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年6月24日(土)
 那須烏山市法性寺(ほうしょうじ)住職 落合孝明(おちあいこうめい)宗師をお迎えしました。

 今日は、四摂法(ししょうぼう)についてお話ししていただきました。
 ・一つ目は「布施(ふせ)」幸せを独り占めせず精神的にも物理的にも広くあまねく施し、与えられていることを感謝して生きること。
 ・二つ目は「愛語(あいご)」慈悲、慈愛の心をおこし、愛情豊かな親切な言葉で語りかけることです。慈愛の心からほとばしり出るひ  たしみと思いやりのある言葉で語りかけることです。慈愛の心からほとばしり出る親しみと思いやりのある言葉は一言一言すべてが  人々の心を和ませる。愛語は社会を正しい方向へ動かす大きな力となります。
 ・三つ目は「利行(りぎょう)」見返りをもとめない行いであります、自分のことは勘定に入れず、他の幸福のためによき手だてを廻ら  すこと。
 ・四つ目は「同時(どうじ)」自分を捨てて相手と同じ心、境遇になって、ほとけ心をはたらかせることです。相手の気持ちに立って考  えられること。相手の気持ちに気が付くということ。
 傘地蔵の物語の話があり、すべてそれが結びつくことがわかりました。
 強い心がないと生きていくのがむずかしい。しかし暖かい心がないと幸せのはなれないことを学ばされていただきました。

▼ 落合孝明宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年7月24日(月)
 栃木市 長福寺(ちょうふくじ) 副住職 皆川泰之(みながわたいし)宗師をお迎えしました。

 世界に一つだけの花
 槇原敬之さんがSMAPに提供した曲「世界に一つだけの花」があります。
 参考にしたのは、お釈迦様の言葉でした。
「天上天下唯我独尊(テンジョウテンゲユイガドクソン)」
 4月8日お釈迦様がお生まれになりました。お生まれになった時に、7歩あるかれて、天上天下唯我独尊と言いました。天にも地にも偉いのは自分だけと考えがちです。しかしながら、本当の意味は天にも地にも世界中見渡しても、私も尊いあなたも尊いということです。
そして、人は唯一無二の存在である。皆さん尊い命をもって生まれてきました。皆さんも命を大切に、尊い存在であることを忘れず生活をしていきましょう。
「そうさ僕らは世界に一つだけの花」私達は仏さまになれるという種を持って生まれてきました。時間をかけて育て、綺麗に咲かせてください。他の人と比べる必要はありません。心の中にきれいな花を咲かせていただきたいと思います。

▼ 皆川泰之宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年8月24日(金)
 太田市 瑞岩寺(ずいがんじ) 徒弟 岡田律雄(おかだりつゆう)宗師を導師としてお地蔵さんの日を実施しました

 仏教の最も基本的な教えは諸行無常・諸法無我・涅槃寂静の三つでこれを三宝印といい、これに一切皆苦を加えて四法印といいます。
 ・諸行無常とは、世の中の一切のものは常に変化していて、永久不変なものはないということです。
 ・諸法無我とは、あらゆる事物には、永遠・不変な本性である我がないということです。
 ・涅槃寂静とは、煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、静かな安らぎの境地(寂静)であるということを指します。
 ・一切皆苦とは、この世界のすべてが、結局はすべて苦であるということです。
 つまり、仏教では、一切のものは苦しみであり全てのものは変化し全てのものが固定的な本質を持たないこの世の中で、執着を離れ、憂いをなくし、煩悩の炎の消えた(涅槃)ココロ静かで穏やか(寂静)な境地に入ることを目標にします。
 そのためには、まずは心の三毒と言われる貪瞋痴(とんじんち)を自分の心から無くしていくことです。貪る心、怒る心、愚痴を言う心を貪瞋痴(とんじんち)と言います。こういう心が自分を迷わせ苦しめるのですから、欲しがらない・怒らない・愚直を言わないということを心掛けて生活してください。

▲ 岡田律雄宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年8月24日(月)
 佐野市 本願寺副住職 長澤竜也(ながさわりゅうや)宗師をお迎えしました。

【和顔愛語について】
 ・優しい言葉、愛の言葉はその人を想って言うものです。その人のことを想わずにただ優しい言葉をかけても、上手く伝わりません。
 ・私の体験談ですが、以前に子供座禅会にお手伝いに行ったことがあります。90人の子供達を指導するわけですから、言うことを聞  かない子供も多く、ついつい注意する声も大きくなってしまいました。しかし、私の尊敬する和尚さんは小さい声ですが、一人一人  の顔をみながら声掛けをしていました。すると、子供達は静かに耳を傾け話を聞いていました。
 ・言葉が出なくても言葉には顔があります。「ありがとう」の顔「ごめんね」の顔。人間はずるいから言葉だけのこともあります。
  そういう言葉は、相手には伝わりません。
 ・「和顔愛語」平和の和、みんなで一緒にいて平和に過ごす、そこには「顔」があり、言葉が出てきます。
  相手を想い合って生活しましょう。

▼ 長澤竜也宗師の法話




お地蔵さんの日 平成30年10月24日(水)
 大田原市 大雄寺副住職 倉沢文暁(くらさわぶんぎょう)宗師をお迎えしました。

 今日は、天国と地獄のお話をしたいと思います。
 天国にも地獄にも、どちらにも十分な食べ物が用意されていました。とてもとても大きな鍋をみんなでぐるりと囲んで食事を頂くのですが、天国の人たちにも、地獄の人たちにも用意されているのは、それはそれは長い箸でした。
自分の身長以上もあるような長い箸。必ずその箸を使って食べなければならないというのが、天国・地獄、共通の決まり事でした。
地獄の人たちは、とんでもなく長いその箸で自分の口に食べ物を運ぼうとしましたが、何度やっても食べ物はこぼれるばかり。食べることはできませんでした。どんなにご馳走が目の前に用意されていても食べることは叶わず、常に飢えに苦しみ、そのせいで争いも絶えない状態でした。
 国の人たちはというと、たくさんおいしいものを食べ、誰もが幸せに満たされた顔をしていました。なぜなら、みんな、その長い箸を人のために使っていたのです。鍋を挟んで向かい側にいる人に「はい、どうぞ」と食べ物を届けていたのです。「まずは、あなたからどうぞ」そう自然に思える人たちの集まる天国は、飢えも争いもない、みなが笑い合える幸せの世界でした。
 同じ環境でも、考え方によって天国にも地獄にもなる訳ですから、天国になるよう心掛けて生活していってください。

▼ 倉沢文暁宗師の法話


▼ 読経の様子




お地蔵さんの日 平成30年11月24日(土)
 宇都宮市祥雲寺(しょううんじ)副住職 安藤淳之(あんどうじゅんし) 宗師をお迎えしました。

【元気が出る方法 坐禅のお話】
 坐禅は身体と心をこの上なく安らかにしてくれる、大切な修行です。
 今から16年前、福井の永平寺で修行していました。1週間続けて坐禅をする修行を行った時、朝3時から夜9時まで坐禅を続けるため、体にも心にも負担が強く、ストレスが蓄積し。5日目頃、朝から仲間といさかいをしてしまい、自分は何をやっているのだろうと思い坐禅をしていました。そんな時、「お前が周りからやさしくされないのは、周りにやさしくしてあげていないのではないか。」そんな言葉を思い浮かべていると、頭の中にあったもやもやが、ストーンとお腹のほうに落ちました。その後、坐禅が楽にできるようになり、坐禅ってこんなこともあるのだと思い始めました。それからは、坐禅を組むと落ち着いていて、清々しい気持ちになるようになりました。坐禅は、人生の問題、悩み苦しみの解決の糸口があるのだと思います。
 お経にも「お前の苦しみをじっと見つめてみよう。誰々によって損害を受けた、誰々にののしられた、騙された、盗まれた、そういう思いを抱いてはいないだろうか。その思いは恨みだと思いなさい、恨みを抱いた人生は重いものだ、安らぎというものが無くなってしまう。一切の恨みを捨てよ。今まで抱いてきた恨みをさっぱりと捨てよ。捨てれば必ず軽くなる、捨てて軽やかに生きなさい。」という一節があります。

【坐禅の効果】
 ・呼吸が整い心身の調子が良くなる
 ・血圧が下がる、精神安定に重要な働きをするセロトニンの生成が促される
 ・何も求めないでただひたすら座ることで自分の身と心を見つめなおす
 坐禅は身ひとつでできます。坐禅をやってみることをお勧めします。軽やかに生きましょう。

▼ 安藤淳之宗師の法話


▼ 茶話会の様子




お地蔵さんの日 平成30年12月24日(月)
 当施設の塚田一晃(つかだいっこう)理事長(昌福寺副住職)を導師としてお地蔵さんの日を実施しました。

 今年も余すところ一週間となりました。
 年末の整理をし、新年を迎える準備で忙しく慌ただしい日々を過ごしていることと思います。
 私もこの一年を振り返り「ああすればよかった。ここが悪かった」と反省の毎日であり、来年は「ああしてみよう、こうしよう」と自分なりに充実した一年を目指し創意工夫を凝らし目標に向かって邁進したいと考えております。
 ところで、日々生活を営んでいますと羨ましいと思えることが多々あります。よく「となりの芝生は青い」とたとえられますが、自分の手元にないものはより美しくより素晴らしく見えます。今自分がいるここよりも良い環境があるのではと考えがちです。人間の性分と言いますか、誰しもが絶えず抱いている気持ちではないでしょうか。今この平凡な人生より、もっと素晴らしい人生がどこかにあるように思ってしまいます。勿論理想や希望を探し求め、追い求めることには大切な意味があります。
 しかしその為に私の人生はここにしかないという厳粛な事実を忘れてはなりません。情けない、頼りない、認めたくない自分がありますが、それが自分自身であることをしっかり認めて受け入れなければなりません。なかなか容易なことではありませんが、他を意識しすぎることなく、唯一無二の自分の存在を強く意識し、人生を引き受けようという覚悟が確立されるとその人生の様相が変わってきます。
ありのままの人生を全て引き受ける穏やかな人生へと変わってゆくのです。自分らしく、ありのまま、自然のままに生きていきたいものです。

▼ 読経の様子


▼ 塚田一晃宗師の法話




お地蔵さんの日 平成31年1月24日(木)
「お地蔵さんの日」は都合により中止になりました。



お地蔵さんの日 平成31年2月24日(日)
 佐野市 東渓院住職 長澤竜也(ながさわりゅうや)宗師をお迎えしました。

 お釈迦様は、80歳でお亡くなりになりました。2月15日満月の日に故郷であるインドに帰る途中に食あたりで亡くなったそうです。亡くなった日を涅槃会といいます。 お釈迦様は、特別な人でなく同じ人間です。 「私の80年の人生の中で尊い食事は2回ある。悟りを開いた時に食べた御飯と亡くなった原因を作った最後の御飯である」と話されました。
 なぜ死の原因を作った食事が尊い食事なのでしょう。それは、死因である食事を作ったあの人を、責めてはいけないよというメッセージです。周囲の人に親切に優しく接した方でした。 私たちは、何時が最後の食事になるかはわかりません。ですから、1回1回の食事はおろそかにできません。これが最後と思ったら御飯一粒汁一口を大切に食べるでしょう。大事な御飯ですから。今日から、三食出てくるのは当たり前と考えず、一口一口大切に丁寧に向き合いましょう。自分の体の一部になるのですから、大切に食べましょう。 2800年前から、皆さんを導いてくださった人がお釈迦様です。師であるお釈迦様が残した言葉や行動を聞いて、導いていただいている方向をみて、皆さんが少しでも良い方向になるように、少しずつ少しずつ進んでいきましょう。

▲ 長澤竜也宗師の法話




お地蔵さんの日 平成31年3月24日(日)
 太田市 瑞岩寺(ずいがんじ) 徒弟 岡田律雄(おかだりつゆう)宗師を導師としてお地蔵さんの日を実施しました。

 本日3月24日は彼岸明けであります。 お彼岸には、お墓参りをするなど先祖供養をしていますが、もともとは、仏教では今私たちがいる煩悩や迷いに満ちた世界を「此岸(しがん)」といい、煩悩や悩みのない悟りの世界を「彼岸(ひがん)」といいます。お彼岸は、極楽浄土に想いを馳せ、より彼岸に近づけるよう修行をする期間といわれていました。のちに、彼岸は西、此岸は東にあるとされていることから、春分と秋分の日は太陽が真東から登って真西に沈むことから、彼岸(極楽浄土・あの世)と此岸(この世)が通じやすくなると考えられ、先祖供養をするようになったそうです。 先祖供養ということですが、一人の人間には必ず二人の親、父親と母親がいます。その父親と母親にも父親と母親がいて、「おじいさん・おばあさん」といわれる存在は四人います。その上の「ひいおじいさん・おばあさん」になると八人になります。こうして十代遡ると1024人のご先祖様がいて、このうちの誰か一人でもいなければ、今我々はここにこうして存在しないということになります。こうした多くのご先祖様のおかげで今があるわけですから、ご先祖様への感謝の気持ちを忘れずに生活していただければと思います。 また、当施設では「全員家族」をモットーしていますが、二十代遡るとご先祖様は100万人を超えますので、ここにいる皆さんはどこかで繋がっていると思います。ですから、全員が家族であると思って仲良く楽しく生活してください。

▲ 岡田律雄宗師の法話